コニカミノルタは独自技術のデジタル印刷機で2003年に商業/産業印刷機市場に参入、着実に事業を拡大してきた。その中で「印刷業界に革新をもたらす」と注目を集めるソリューションが、2016年に発売した自動品質最適化ユニット「IQ-501」だ。印刷の前工程・後工程の自動化で業務効率を大幅に改善。「働きがい向上及び企業活性化」など、コニカミノルタが取り組む重要課題(マテリアリティ)の実現にも貢献する。成功をバネに、印刷のサプライチェーンを変革し、紙媒体の価値再創出を目指す。事業の将来展望を上席執行役員でプロフェッショナルプリント事業本部長の植村利隆に聞いた。
少ロット・短納期へと変わる印刷物の購買スタイル
「デジタルメディアに押される産業」――。現在の印刷業界をこう表現する人は少なくない。だが、上席執行役員でプロフェッショナルプリント事業本部長の植村利隆は、デジタル印刷に関してはむしろ“成長産業”だと力説する。
「宣伝や業務のために使う『商業印刷』は、WebやSNSなどのデジタルメディアの影響により、全体の市場規模は縮小していますが、アナログ印刷からデジタル印刷への転換が進み、デジタル印刷市場は伸びています。デジタル印刷機やトナーなど関連資材のグローバル市場規模は約1.4兆円で、2030年まで年率5%の伸長が見込まれています。一方、パッケージ、ラベル、段ボール、食品・洗剤に使用されるフィルム素材などへの『産業印刷』の市場規模は商業印刷よりも大きく、世界人口の増加に伴って市場が拡大しています。いわば“減らない印刷”です。産業印刷用のデジタル印刷機器と関連資材の世界市場規模は約3000億円で、こちらは年率15%で急成長しています」
印刷現場でアナログからデジタルへの転換が進むのは、印刷会社の事業継続や経営改善の点でメリットが大きいからだ。アナログ印刷の主流であるオフセット印刷はインクを紙に転写する「刷版」を必要とする。高品質な印刷を実現するには、十分な経験とスキルを持つ熟練工の存在が欠かせないが、人材不足や高齢化の影響で、生産性や品質の安定に苦労する印刷会社は少なくない。その点、原稿データから直接印刷するデジタル印刷ならば、経験が浅いオペレーターでも取り扱えるので、教育にかかる時間と費用も少なく、少ロットの印刷にも向く。
2020年以降のコロナ禍も、デジタル印刷には追い風となった。イベントの中止や延期が相次ぎ、印刷物発注側の購買スタイルががらりと変わったためだ。以前は半年ぐらい前から準備するのが当たり前だったが、今は必要な時に必要な量だけ発注するスタイルになった。印刷会社も少ロット・短納期に対応しようとこぞってデジタル化に動いた。
独自技術で印刷の前・後工程を自動化
印刷会社は、印刷機がデジタル機かアナログ機かにかかわらず、印刷に入る前には色調や濃度、表裏の版の位置合わせなどの調整を行い、印刷後には、検品を行って汚れや欠陥を検知した場合には不良品を排除し、再印刷を行う。こうした印刷の前工程・後工程にはスキルが必要で時間もかかる。例えば1000枚の印刷物を作成する場合、分速100枚のデジタル印刷機を使えば、印刷自体は10分で終わる。しかしながら、高速のデジタル印刷機を導入するだけでは、印刷の前工程におよそ30分、後工程でもさらに30分ほどかかる状況は変わらない。
コニカミノルタは、こうした前工程と後工程の作業プロセスを自動化する「インテリジェントクオリティオプティマイザー(IQ-501)」を2016年に製品化、作業時間の大幅な短縮を実現した(図1)。「空いた時間を他の印刷作業や付加価値の高い業務に当てることで印刷会社は収益を拡大できます」と植村はメリットを語る。
IQ-501には、カラーマネジメントノウハウや測色技術などを組み合わせたコニカミノルタの独自技術が盛り込まれており、定常的に機能を追加している。「競合他社も追随しようとしていますが、差は縮まっていません」と植村は自信を見せる(図2)。
印刷業界との深い関わりとセンシング技術のシナジーが強み
印刷前後工程の自動化ソリューション提供は、コニカミノルタにとっても「一種の冒険」(植村)だった。デジタル印刷機市場に後発で参入したコニカミノルタは、価格と生産性(1分当たりの印刷枚数)を武器に先行他社を追い上げてトップシェアを獲得したが、自動化ユニットを組み込めば、価格性能比は低下してしまう。
「以前からIQ-501の商品化構想は持っていましたが、価格性能比で勝ち上がった成功体験があるだけに、開発に踏み切れずにいました。しかし、『印刷会社の本当のお困りごとは何か。それをいかに解決すべきか』といった議論を繰り返した末に、コア技術を活かしながら競争軸をあえてずらし、印刷会社のワークフロー全体のトータルスループットで勝負することを決めました」と植村は振り返る。
実はコニカミノルタのプロフェッショナルプリント事業には、大きな源流と他事業部門とのシナジーがある。統合前のコニカが提供していたオフセット印刷用のフィルムや色校正用のグラフィック商品やサービスがその1つだ。これらにより、アナログ印刷時代から深く印刷業界と関わり、経営課題に対する知見を持っていた。もう1つはカメラ事業から発展したセンシング事業のテクノロジーだ。統合前のミノルタはプロ用一眼レフ撮影用のカラーメーターでは圧倒的なシェアを有しており、統合後は自動車、医療、アパレルなど、さまざまな産業分野でコニカミノルタの色計測技術が活用されている。IQ-501の心臓部ともいえる分光測色計は、こうした長い歴史と高い業界シェアに裏打ちされた技術の集大成でもある。
独自技術のデジタル印刷機で業界に革新をもたらしつつあるプロフェッショナルプリント事業はコニカミノルタが提唱する5つのマテリアリティ(重要課題)実現にも貢献する。
印刷の前後工程の自動化による付加価値の高い仕事へのシフトは、「働きがい向上及び企業活性化」につながる。必要な時に必要な量だけ印刷することで無駄な生産・輸送・廃棄によるCO2排出量を減らし「気候変動への対応」に貢献する。アナログ印刷で必要だったアルミ刷版が不要で廃液もなく、「有限な資源の有効利用」も可能になる。
コニカミノルタは、ラベル印刷機用の自動品質最適化ユニットも発売、産業印刷の領域でも、自動化・省力化・スキルレスのソリューションを提供し始めた。
「紙」の高い販促効果を実証、デジタルメディアと共存へ
コニカミノルタは、デジタルメディアに押される商業印刷の領域で、紙媒体の価値再創出に挑んでいる。WebやSNSなどのデジタルメディアは利便性が高くコストも安く済むのがメリットだが、それだけに乱発されがちだ。コニカミノルタは、視認性や一覧性、表現力などの面で紙媒体には優位性があると考え、ECベンダー(通販サイト事業者)と連携して販売促進のテストを行っている。
「ECの購入者に商品を送る際、その方の属性や嗜好に合わせたチラシやカタログを同梱し、『重ね売り』を試みています。過去の購買履歴や嗜好を分析し、パーソナライズしたチラシやカタログを送ることで、高い販促効果が得られることがわかり、あらためて紙媒体の可能性を実感しています」と植村は語る。将来的にはECベンダーの物流倉庫にデジタル印刷機を持ち込み、顧客ごとに最適化したメッセージを同梱する取り組みなども進めるという。
「これからも、デジタル印刷におけるさまざまな取り組みによって、印刷業界に貢献していきます。その中で、コニカミノルタはナンバーワンの座に立ち続けたいと願っています。ただし、単にトップを維持するだけでなく、勝ち方にはこだわりたい。印刷のサプライチェーンを変革して、より高い価値を生み出し、一方で環境負荷は下げていきたいと考えています」と植村は締めくくった。
*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。