「インクジェット技術」と聞いて思い浮かべるイメージといえば、家庭用のプリンタで使われる印刷方式が身近な存在であろう。だが、この技術は印刷業界でも長らく業務用プリンタに搭載され、オフセット印刷に代わるデジタル印刷市場の成長をけん引する存在である。それだけでなく、実はモノづくりの現場に革新をもたらすキーテクノロジーとして期待されているのだ。新たな市場を開こうとするインクジェット技術の可能性を紹介しよう。

目次

大形看板から産業向けまで広がる市場

「モノづくりのインクジェット化をけん引し、お客様のワークフロー変革をもたらしていきます」と、中嶋清次・IJコンポーネント事業部長は事業のビジョンを説明する。デジタル印刷機を扱う産業印刷事業部門から独立し、コアコンポーネントであるヘッドやインク、関連サポートを提供することによって、顧客の困りごとや社会課題の解決に貢献する。

インクジェット(IJ)技術とは、弊社ホームページの技術紹介ページにあるとおり「微少な液滴を対象物に非接触でダイレクトに印刷する技術」である。非接触のため印刷可能な対象物が多く、一般用から産業用途まで様々な分野への応用が始まっている。IJコンポーネントの供給先となる最終製品・顧客層は大きく3つからなる。

中嶋清次IJコンポーネント事業部長

「モノづくりのインクジェット化をけん引し、お客様のワークフローを変革したい」と語る中嶋清次IJコンポーネント事業部長(23年3月のKonica Minolta Dayにて)

1つ目は大型プリンタ市場で顧客は欧米・アジアのプリンタメーカー数百社、2つ目は大規模プリンタメーカー数十社を顧客とするPOD(プリントオンデマンド)市場。この両者はIJコンポーネント事業の基盤領域として継続的、安定的な市場と言える。その中でも昨今は環境問題対応のため水性インクやUVインク、ドライプロセスインクなどへのニーズが高まっており、IJヘッドの対応力を生かしてビジネスチャンスを堅実に広げている。現状、売上の多くは屋外の大型看板などサイングラフィック用途のプリンタ向けとなる1つ目の領域が占める。だが、この市場のビジネスを基盤に、2つ目と次に述べる3つ目の市場においても高いシェアで事業を展開している。

その3つ目はいわゆる印刷業界とまったく別の市場だ。最終製品はモノづくり企業の生産現場で稼働する装置であり、顧客層は数十社の大手製造装置メーカーである。多くの印刷会社が使用してきたオフセットと呼ばれる方式をIJ方式に置き換えていくビジネスとは異なり、プリント基板などを製造する装置の従来工法をIJ技術で代替していこうというものだ。そこではIJ技術によって製造現場のワークフローを変革し、生み出される工業製品の価値をも引き上げていくことを狙う。IJコンポーネント事業部はここを成長領域と見定める。対象市場は年10%以上の伸びが継続すると想定する。

大手のモノづくり企業が顧客となる成長領域に注力する

大手のモノづくり企業が顧客となる成長領域に注力する

従来工程を大幅に簡素化、環境課題の解決にも貢献

成長領域の用途を具体的に見ていこう。まず、すでに参入しているプリント基板やディスプレイの製造工程におけるパターン形成である。プリント基板では、基板上の回路パターンに基づいて絶縁性を維持し、部品実装時の不要なハンダから保護するためにソルダーレジストマスクと呼ぶ膜を塗布する。従来方式(写真現像型)によるパターン形成では、下図に示すように多くの工程を要するだけでなく、VOC(揮発性有機化合物)の排出や工業用排水などが伴うため環境面で課題を抱えていた。これに対してIJ方式を採用する工程は明らかに簡素なものになり、環境面でもVOCを例に取るとソルダーレジスト業界全体で年間2万トンの排出量削減*が見込める。これは東京都の年間VOC排出量の6割にも相当する規模だ。

ディスプレイ製造工程においても、やはり写真現像型のパターン形成が行われており、それをIJ方式に置き換えることでプリント基板と同様に工程を大幅に簡素化する。しかもRGB3色分のパターン形成を繰り返していたものが、IJ方式では一度に3色分の塗布が可能となる。環境面でもVOC排出の工程が削減され、コストの高い材料のロスも大きく減らすことができる。

写真現像型方式によるパターン形成の工程をインクジェット方式に置き換える効果

写真現像型方式によるパターン形成の工程をインクジェット方式に置き換える効果

対象物に非接触で印刷するIJの特長を極めた技術として、従来不可能だったヘッドと対象物間の距離(例えば20mm)を保ったハイギャップ印字も注目に値する。段ボールや生地、ラベルなど表面が滑らかでない素材や立体物であっても対応することができ、ヘッドが対象物に衝突してラインを止めてしまうトラブルを減らし、生産性向上に貢献する。独自のインク液滴を高速かつ正確に射出する高精度のヘッド技術により、2次元バーコードなどの精密な印字をこなすことも可能であり、IJ方式の適用領域を広げている。

カメラとフィルムで培った技術が生きる

こうした成長領域の市場で共通するのは既存製品の提供で済まないカスタム化対応が多いことだ。そのためコモディティ化しづらく、付加価値の高い事業を展開することができる。半面、顧客からの技術的要求が高いことも共通する。例えば、工業用途では塗布するインクやケミカルに強溶剤を含むことが多く、これがヘッド内部の部材にダメージを与えてしまう。そこで、そのような物質に対する耐性、いわゆるマテコン耐性に優れたヘッドを設計・開発できるかが問われる。工業用途ではほかにもヘッドとインクのすり合わせ、高温の環境にも耐える信頼性、生産性にかかわる高速駆動の実現など満たすべき技術的要件は多い。逆に言えば、これらにどこまで応えられるかが競争力の上で優位点となる。

コニカミノルタのIJコンポーネント事業の強みについて、中嶋はこう胸を張る。「私たちの強みの源泉には大きく3つのポイントがあります。1つ目はカメラで培った精密加工技術、2つ目はフィルムで培ったケミカルの技術です。この2つの技術を非常に深いレベルで探求し保有している点が、コンポーネントの展開力につながります。3つ目は工業分野で培ってきた顧客対応力。技術を高いレベルですり合わせて提案します」。コニカミノルタならではの強みを力に、モノづくりのIJ化を広げていく。

IJコンポーネット事業の強みは工業用途で優位に立つ

IJコンポーネット事業の強みは工業用途で優位に立つ

コニカミノルタのIJヘッドの開発着手は1995年に遡る。IJプリンタの販売と並行する形で2000年からヘッドの外販を開始した。2017年にコンポーネント事業として独立し、当時すでにディスプレイメーカーなどの産業領域に顧客基盤を築いていたインダストリー事業部門の一角に加わった。磨いてきた強みを発揮し、工業用途IJヘッドでジャンルトップの存在としてモノづくりのIJ化をけん引する一方、今やコニカミノルタの主軸であるインダストリー事業の成長戦略の一角を支える。

モノづくりの新たな課題に応えていく

IJ方式の市場浸透が進むことは、コニカミノルタが社会課題の解決を目指して提唱するマテリアリティ(重要課題)の実現につながる。IJ方式の導入がもたらすワークフロー変革によって生産現場の作業環境が改善され、サプライチェーンの簡素化や製造ラインのダウンタイム削減・生産性向上が図られる。これはマテリアリティの1つである「働きがい向上および企業活性化」を可能にすることだ。同時にCO2やVOC、工業廃水など生産現場における環境負荷の低減によって「気候変動への対応」、および在庫や廃棄物の削減によって「有限な資源の有効活用」のマテリアリティ実現につなげる。

打ちたいときに、打ちたいだけ、打ちたいところにインクを印刷・塗布できるインクジェットの技術。その応用領域はまだまだ広がるに違いない。「装置メーカーやパネルメーカーなどの顧客と直接的で緊密な関係をベースに、需要を先取りした開発を先行し、顧客の要求に応えていきます。さらに5年後、10年後といった将来に向けて、クルマなどの塗装代替や半導体関連といった技術的ハードルの高い領域も視野に、要素技術の向上に努めているところです」と中嶋は語る。モノづくりの現場の新たな困りごとや課題の解決へ向けて、コニカミノルタのインクジェット技術の果たす役割に一層の期待がかかる。

*都内全工業種の合計量 環境省VOC排出インベントリ調査より(令和2年より) 

*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。

関連リンク

https://www.konicaminolta.com/jp-ja/inkjethead/technology/technology.html

https://research.konicaminolta.com/jp/technology/tech_details/indij/

https://research.konicaminolta.com/jp/technology/tech_details/highgapij/