現在、マーケティング手法の主流というとデジタルマーケティングと考えられることが多い。一方、「記憶に残りにくい」「広告メールを送ってもすぐに削除されてしまう」「高齢者やインターネットを使わない層へのアプローチが難しい」といった短所もあり、紙とデジタルの強みを組み合わせた新たなマーケティング手法が求められているのが実情だ。こうした中、コニカミノルタのプロフェッショナルプリント事業本部は、紙とデジタルの融合により消費者の心をつかむ「パーソナライズドマーケティング」を提唱。企業と人とのコミュニケーション変革を目指してデジタル印刷の普及に取り組む。そのかたわら、変革をリードする人財の開発にも余念がない。新規需要を掘り起こすため、マーケティングの新風を広く吹かせるためだ。そうした取り組みを二回に分けて紹介する。

目次

エバンジェリストとして自ら市場を創り出す

紙の販促物をデジタル化すれば印刷コストは削減できるが、印刷物にはデジタルにはない利便性や訴求力があるのも事実である。それぞれに得手不得手がある二つの手法をどう使い分ければいいのか――最適解が見つからない、と戸惑うブランドオーナー(印刷を発注する企業)は少なくない。

「デジタル化によって印刷物の総量が減っていく傾向は避けられないとしても、引き続き紙が有効な場面も確実にあります。大切なのは、環境負荷低減の観点からも、捨ててもいいような紙はどんどんデジタル化し、重要な情報や想いが込められたコミュニケーションにこそ印刷を活用していくような使い方でしょう。このような用途には、デジタル印刷が非常に有効だと考えています」

そう語るのは、プロフェッショナルプリント事業本部でビジネス開発グループを率いる宮木俊明だ。「紙」というメディアの価値にあらためて着目し、DXの知見を掛け合わせる。デジタル印刷の価値を活用し、これまでの画一的かつ一方的なバラ撒き広告型のコミュニケーションとは一線を画した、個別最適化された双方向のコミュニケーションへと変革するサービスを提唱する。

「アナログ印刷は、同じ内容を大量に複製する用途を前提としていて、大量発注で単価を抑えるビジネスモデルなので、ムダが生じやすい。一方、デジタル印刷なら一枚ごとに内容を変えた個別最適化や加飾などにより、印刷物一枚当たりの効果をしっかりと高めていくことができるのです」

プロフェッショナルプリント事業本部ビジネス開発グループ 宮木俊明グループリーダー
個別最適化された双方向のコミュニケーションの価値を訴える、プロフェッショナルプリント事業本部ビジネス開発グループの宮木俊明グループリーダー

デジタル印刷の活用事例の一つが、冷凍おかずの定期便サービス「三ツ星ファーム」を展開するイングリウッド社との共創活動だ。顧客が選んだ組み合わせの冷凍総菜を届ける際に、デジタル印刷を活用した個別最適化されたチラシで消費者の心を掴む。詳細は当Imaging Insightの別記事「リアルな印刷物が消費者の心を動かす パーソナライズ化したチラシが大きな販促効果」に譲るが、本事例のように、過去の注文履歴や閲覧履歴を踏まえ、顧客ごとの「おすすめ商品」を掲載したチラシを定期便に同梱することで、リピート買いを増やすなどの効果を実証してきた。

「このようなデジタル印刷ならではのメリットを訴求することで、我々のお客様である印刷会社が、ブランドオーナーに対して価値ある提案ができる状況を作り出したい――そう考え、2022年にデジタル印刷活用の共創プラットフォーム『AccurioDX』を立ち上げました」

AccurioDXは、一人ひとりに個別最適化した紙による販促物の企画・制作から分析サービスまでを一気通貫でサポートする新規事業であり、デジタル印刷活用のための共創プラットフォームである。宮木は、この事業開発を通じて印刷会社ではなく、印刷の発注者であるブランドオーナーに直接アプローチする。AccurioDXを利用してもらうことでデジタル印刷の価値を体験的に共有するための活動である。

コニカミノルタがデジタル印刷のエバンジェリストとなって、自ら市場を創り出し、新たなコミュニケーションを実現する手段としてデジタル印刷機の売上拡大につなげたい。そのための仕組み作りとして、デジタル印刷の活用を軸とした新たなサプライチェーンの構築に取り組んでいる、と宮木は説明する。

ビジネス開発グループのAccurioDXチーム
デジタル印刷を活用したお客さまの「コミュニケーション変革」に取り組むビジネス開発グループのAccurioDXチーム

個別最適化と双方向化で、人と企業のコミュニケーションを変革

では、どうすればデジタル印刷によって、消費者の心に“刺さる”マーケティングができるのか。

そのキーワードが、紙とデジタル両方の強みを生かした『パーソナライズ(個別最適化)』と『双方向化』であるということは、上記の当Imaging Insightの別記事で紹介した。

ブランドオーナーと顧客との間でやり取りされている情報を分析して、顧客一人ひとりの意向や状況を個別に理解し、それに寄り添った情報提供や提案をすることで、顧客の心に響くメッセージを届ける(個別最適化)。さらに、個別に発行したQRコードを印刷物に付与して、顧客がそのQRコード経由でWebにアクセスしたかどうかも把握しながら、最終的にどの様な行動に結びついたかを確認することで印刷物の効果を測定。顧客の反応がなければコミュニケーションの手段や内容を再検討するというように、双方向でキャッチボールしながらマーケティングの精度を高めていく(双方向化)。

AccurioDXは1 to 1のメッセージによって、あらゆる場面でパーソナライズド・コミュニケーションを可能にする
AccurioDXは1 to 1のメッセージによって、あらゆる場面でパーソナライズド・コミュニケーションを可能にする

「パーソナライズをする上で特に重要だと考えているのが、『誰が誰に対してこのメッセージを送っているのか』を明確にし、送り手の思いがしっかりと伝わるようにするということです。送る相手がどういう属性や状況なのか、その方とどの様な関係性なのかによって、挨拶文も、おすすめする内容もその理由も変わる。人間味のある1 to 1のメッセージによって、あらゆる場面でパーソナライズド・コミュニケーションが可能になることを、これまでも多くのブランドオーナーやパートナーの皆様との共創事例で実証してきました」(宮木)

「従来、画一的にならざるを得なかったマーケティングコミュニケーションを個別最適化し、一方通行が当たり前だった印刷物によるコミュニケーションを双方向化する。つまりデジタル印刷によって“コミュニケーション変革”を起こしていくことが、我々の目指すところです」(同)

そのための施策として、宮木は300社を超える共創パートナーとともに、さらにAccurioDXの社会実装を加速させる考えだ。「EC領域では、商品発送時に同梱するチラシのパーソナライズ、教育や不動産、医療などの領域では、ダイレクトメールのパーソナライズに注力していきたい。特に、顧客とのコミュニケーションを真剣に考え、紙の可能性を信じ、引き続き印刷物を有効活用していただいている皆様に対して、AccurioDXという新たな選択肢を提供していきたいと考えています」と宮木は抱負を語る。

デジタル印刷で思いを伝え合う喜びを知ってもらいたい

とはいえ、印刷におけるコミュニケーション変革を実現するには、その原動力となる人財が欠かせない。このため、宮木は新規事業創出に適性のある人財を公募するなどして、AccurioDXチームの陣容の充実を図ってきた。

「新規事業開発の領域では、与えられた仕事や役割を実直にこなすだけでなく、固定観念や既成概念にとらわれずに、自らの意志や着想を起点とした新たな行動を起こせる人財が求められます。特に、できない理由を並べるのではなく、どうしたら少しでも前に進むかという可能性を信じつつ、考えてから動くのではなく、まずは行動を開始し、動きながら考えることが必要です」と宮木は言う。

「考えてから動くのではなく、動きながら考えられる人財が必要」と語るプロフェッショナルプリント事業本部のビジネス開発グループを率いる宮木俊明
「考えてから動くのではなく、動きながら考えられる人財が必要」と語るプロフェッショナルプリント事業本部のビジネス開発グループを率いる宮木俊明

2024年4月に入社し、ビジネス開発グループに配属された祖慶菜々美は日々の行動の中で、「お客様になりきって考えているか」と自身に繰り返し問い続ける。

「『お客様になりきって考える』ということを、単なる想像ではなく、より深いレベルで実践するよう心掛けています。お客さまの言葉の節々から真意を読み取って、その方が本当に成し遂げたい未来を実現するために伴走させていただく。そういうマインドセットが最近できてきたかなと思います」

デジタルネイティブ世代として、元々は「紙っていらなくない?派だった」という祖慶。デジタルと紙の融合を目指すデジタル印刷の世界に飛び込み、大いなる可能性を感じているという。

「デジタル印刷で作った紙自体は、ただのツールでしかない。本当に重要なのは、デジタルと紙を連携させ、コミュニケーション変革を実現することです。デジタル印刷を通じて、送り手と受け手が思いを伝え合う楽しさや喜びを感じていただきたい。そんな世界が実現するといいな、と思いながら、仕事に取り組んでいます」(祖慶)

インターンシップで学生の手も借り、新規顧客を開拓

「変革を担う人財集団」のさらなる拡充と自部門にとどまらない社内展開を図るため、新卒採用にも注力。2022年からは新卒者向けのインターンシップをスタートさせた。その内容は、変革を担うAccurioDXチームメンバーならではの発案と企画により、唯一無二と言える工夫が凝らされたものとなっている。

全5日間のインターンシップのテーマは、「顧客との共創に必須となる、デザイン思考・ビジネス思考の実践」。参加した学生は2、3名ずつのチームに分かれてワークショップを行いつつ、まずは協力いただいた企業を訪問してインタビューを行う。その後、社員のサポートを受け、課題の定義やアイデアの検討、ビジネスモデルのデザインとそれらに基づいた具体的な提案作成を行い、最終日に協力先にプレゼン。ビジネス開発の一連のプロセスの本番を顧客に寄り添いながら経験することで、実践的なビジネススキルの習得を目指す。最大の特徴は、協力先の企業がAccurioDXの既存顧客でなく、実際の新規顧客候補であることだ。宮木はこの点にこだわった。

「デジタル印刷の新たな需要創出活動とインターンシップを連携させ相乗効果を生んでいるのが、このプログラム。つまりこのインターンシップの狙いとは“学生の力も活用しての顧客開発”というわけです」(宮木)

すぐに需要創出という果実につながらなくても、インターンシップに協力してくれた企業との関係は継続している。例えば、次年度のプログラムでは社員とともに学生のアイデア検討をサポートしたり、プログラム自体の検討に協力する企業も数多く現れたりと、インターンシップを通じてAccurioDXの活動にかかわる社外企業とのネットワークが広がり始めている。企業規模や業界問わず、スタートアップや中小企業からグローバル企業まで、その仲間は幅広く多岐にわたる。

実は、祖慶はそのインターンシップに参加して衝撃を受け、コニカミノルタの門を叩いて入社した人財の第1号である。実際にはどのようにインターンシップが行われ、どのような成果を上げているのか。<後編>ではその点を掘り下げてみたい。

*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。