今年5月28日から6月7日までの11日間、ドイツ・デュッセルドルフで国際印刷・メディア産業展「drupa 2024」が開催された。新型コロナウイルス禍を経て8年ぶりのリアル開催となる。世界52カ国から約1650の企業・団体が出展、世界174カ国から約17万人が訪れた。コニカミノルタブースの来場者や会場全体の現場 から感じ取れたのは、デジタル印刷の可能性に対する強い関心だった。
2,400㎡の大規模ブースで印刷の課題解決を提案
コニカミノルタの出展ブースはテニスコート9面分以上に相当する約2,400㎡。その中心には、初出展となるB2サイズインクジェット印刷機の最上位機種「AccurioJet60000」と、グループ会社の仏MGI社との共同出展としてパッケージ印刷統合生産システム「AlphaJET」を据え、印刷会社の持続的成長と事業拡大を支援するソリューション提案を散りばめた。drupaは技術の進化を展示する場であるだけでなく、顧客との商談を進める場でもある。当社の展示ブース内にも専用エリアが設けられ、数多くの商談が行われた。
展示のポイントは3つある。第1は自動化・省力化の推進による処理能力の最大化だ。出力前の準備やセットアップ時間、 出力後の作業時間を短縮し、印刷工程全体における生産性の向上を図る。2番目は印刷品質へのこだわりである。商業印刷に耐え得る品質を徹底することで印刷会社の満足度を高め、信頼を得る。3番目は、印刷業務の推進に必要な支援機能の提供だ。品質安定化の管理と機器の稼働状況や業務進捗の見える化によって、非熟練者を含むオペレーターが快適に作業できる環境を実現し、高いパフォーマンスを発揮できるようにサポートする。すなわち、印刷会社の経営課題の解決に実務的な側面からどこまでアプローチ可能かに焦点を当てた展示内容だ。顧客に寄り添った課題解決の提案が軸になっているのである。
出展ブースには、もう1つ見所として、世界各国のブランドオーナーが生産・販売する写真集やラベルなどを買い取ったり借り上げたりした現物を陳列した。ブランドオーナーとは印刷会社に印刷を発注する事業主や法人のこと。架空のサンプルではなく、実際のビジネスに使用された成果物を展示することで、発注側と受注側の双方に自身の事業に直結したイメージ喚起を狙った。
このことは、コニカミノルタがブランドオーナーにもアプローチしていることの表れと言える。デジタル印刷の価値や魅力を発注者にもより深く理解してもらうことを通じて需要を創出し、受注者である印刷業界にデジタル印刷によるビジネス拡大の可能性を広めていく戦略である。
ブランドオーナーに対するコニカミノルタの働きかけとしては、例えば「EXplainable感性®ソリューション(EX感性)」というクラウドサービスがある。このサービスは、独自の画像解析技術と感性脳科学を組み合わせ、人の感性を定量的に可視化し、「売れるデザイン」を評価・分析するソリューションだ。注目度をヒートマップで示して、販促物やパッケージの印象や配色を評価・分析した上で見える化し、人がより興味を持つデザインを科学的根拠により提案することで、商品コンセプトの表現力向上と合理的な意思決定に活かすことができる。
drupa 2024の弊社ブースでは、この「EX感性」を「EX KANSEI」として披露した。欧州では初出展であったが、北米、アジアを含め各国からの来場者は大いに関心を寄せていた。今後、生成AIの活用などによって、大量かつ多様なデザインアイデアが作り出されるようになると、無数の玉石混交の候補案を合理的に分析して、最適なものを選別するソリューションとしてEX感性が威力を発揮しそうだ。
デジタル印刷の動向に注意を払っているのは、印刷機器メーカーや印刷会社だけではなく、ブランドオーナーも同様だ。drupaの会場では、商談の場という性格上、会社の経営を担う中高年層が多くを占めていたが、コニカミノルタブースには若年層の来場者も少なくなかった。聞けば、彼らは印刷会社の従業員ではなく、ブランドオーナーのデザイナーやマーケティング担当者だという。EX感性をはじめ、デジタル印刷の普及を目指す展示は、若い世代にも刺激を与えたようだ。
デジタル印刷移行の加速が日本でも不可避な3つの理由
drupa 2024で見えた流れをヒントに日本の状況を考えてみたい。日本の商業印刷や産業印刷では、現在でもアナログ印刷が主流の座を占めている。デジタル印刷への移行で一歩先を行く欧米では、環境意識の高さや深刻な人手不足が背中を押してきたのに比べ、日本では、まだ追い風が強く吹いておらず、アナログへのこだわりが残る。
しかし長い目で見れば、日本でもデジタル印刷が主流になるのは間違いない。多くの印刷現場がデジタルに移行せざるを得なくなる要因として、大きく3つが挙げられる。
第1は印刷業界でアナログ印刷の工程を担う熟練労働者が不足していること。米国・カナダなどでは、まさに深刻な状況となっているが、課題は日本も同じだ。印刷の前後工程での各種調整や検品機能を自動化し、省力化できるデジタル印刷への需要はいっそう高まる。
第2に、マーケティングの対象が「マス」から「個」へ移行していること。イベントなどが多様化して、販売促進用の印刷物に小ロット・短納期が求められるようになってきた。発注者のこうした要望に応えるには、「必要なものを必要な時に必要なだけ印刷できる」デジタル印刷が適切だ。
第3は、環境意識の向上だ。これは、印刷業界と印刷物の発注者であるブランドオーナーが共に負うべき社会的責任とも言える。アナログ印刷は同じものを低コストで生み出せるため、大量生産・大量配送に向く。しかし同時に、大量廃棄につながりやすい。環境配慮の視点に立つなら、必要に応じて必要な量だけ印刷し、ムダを生まないデジタル印刷が優位に立つ。
「三方良し」へ、印刷の価値を「1枚当たりの効果」に転換したい
コニカミノルタでは、国内外にデジタル印刷の価値を広めていくため、「三方良し」という考え方を重視している。「三方」とは、印刷発注者であるブランドオーナー、受注者である印刷会社、そして社会である。デジタル印刷には、この三者をともに“良くする”価値と原動力があることを、もっと訴えていきたいと考えている。
なかでも肝になるのは「社会を良くする」こと。先に述べたように、大量印刷、大量配送、大量廃棄という、アナログ印刷が抱える悪循環からの脱却である。環境問題に企業がどうコミットできるのかがますます問われる時代だけに、この発想は重要度が増すばかりだ。
しかし、この「三方良し」を実現するには、印刷業界特有の商習慣を見直す必要がある。長年の間、印刷発注者と印刷会社の間では、印刷物の価値を「1枚当たりのコスト」で計ることを商習慣としてきた。コストが低いほど価値は高いのである。ところが、この発想こそが、大量印刷、大量配送、大量廃棄という環境上の問題を生み出す元凶とも言える。
このループから抜け出すには、印刷物の価値を「1枚当たりのコスト」ではなく、「1枚当たりの効果」で見るという発想の転換が必要になる。そうすることで、ブランドオーナーは従来と同じ効果をより少ない印刷物で実現できるようになる。結果として、配送コストが下がり、廃棄物の量も減らすことができる。
印刷会社にとってはどうか。効果の高い印刷物を顧客に提供することで、1枚当たりの単価を引き上げることが可能になる。同時に、使用しない印刷物(捨て紙)を作る手間やプロセスを削減できる。結果として、印刷量は減少しても、売り上げや利益を落とさずに済むのである。
社会にとっても望ましい。ムダな印刷物がなくなれば、その分、配送や廃棄で発生していた環境負荷が減るからだ。物流業界の負担が減ることにもつながる。
これが、コニカミノルタが提唱する「三方良し」の世界観である。drupa 2024では、初日のプレスカンファレンスの中で「Triple Satisfaction」という訳語で説明し、参加した各国のジャーナリストから好反応を得た。
コニカミノルタは、解決すべき社会課題と自社の事業成長の両軸で5つのマテリアリティを掲げ、全社を挙げて取り組んでいる。デジタル印刷へのシフトの加速は、マテリアリティの「気候変動への対応」と「有限な資源の有効活用」を進める上でもぜひ達成したいミッションである。
*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。