無形資産を見える化し、財務化する知的財産活動は、競合他社から自社商品を守るという意味合いからディフェンシブな印象を与えがちである。ところが、経営戦略や事業部門と連動した取り組みを展開することで、実は事業成長に大きく貢献するオフェンシブな活動となり得る。コニカミノルタでは、中期経営計画の基本方針のうち、特に事業の選択と集中による事業収益力の強化への“矢の一本”に知財を位置づけ、目に見える成果を上げている。経営計画と一体となったコニカミノルタの知財活動と知財戦略について、3人のキーパーソンに聞いた。
無形資産を強化し、新たな“勝ち筋”を見出す
知的財産には発明や考案、意匠、著作物、商標などがあり、特許権や実用新案権、意匠権、著作権、商標権などによって、それぞれ保護される。この知財を創出する知財活動では、一般的に技術開発された結果から権利保護に動くケースが多いが、コニカミノルタの知財活動の主眼はそこではない。
「われわれの特徴は、事業の強みや顧客への提供価値を深く理解した上で、それらに基づく競争優位性を強化するための知財戦略を策定し、実行する点にある」。こう話すのは知的財産部長の牧野元博である。「最近は、単に技術を権利に変えるという活動から脱却しようという動きが他社でも見られるようになったが、われわれは以前より取り組みを続けている。開発部門だけでなく事業部門とも緊密に連携し、経営計画や事業戦略と一体となって知財戦略を進めている」(牧野)。
経営戦略と直結した3つの知財戦略
コニカミノルタの知財活動が開発成果を追う活動から、戦略的かつ経営・事業と一体化したものへと大きくシフトしてからすでに数年が経つという。無形資産全体を会社の力として捉え直すとともに、無形資産を強化することで新たな“勝ち筋”を見出したいと考える経営陣と議論を重ねていく中で戦略が練られてきた。
形に表れたのが、中期経営計画(2023~2025年度)である。中期経営計画の基本方針の1つ、事業の選択と集中による事業収益力の強化を実現するため、3つの知財戦略を打ち立てた。
1つ目の戦略は「知財アロケーションの見直し」だ。事業の選択と集中による強化事業の拡大をさらに促進するために、知財投資についても選択と集中を進める。知財投資とは、主として知財権の出願とその維持に必要な費用である。強化事業であるプロフェッショナルプリント事業、インダストリー事業、ヘルスケア事業の3つについて全社に占める知財投資の比率を大幅に引き上げ、2025年度までにさらに65%超にまで高める計画とした。
では、知財投資の集中が、なぜ、どのように強化事業の成長や収益力強化につながるのか。その答えは、2つ目の戦略「強化事業の拡大を支える知財障壁構築」に関わってくる。事業には、大まかに「立上期」「拡大期・成長期」「衰退期」というライフサイクルが存在し、その中で知財などの無形資産がどのように事業貢献していくのか、ストーリーを描くことができる。
拡大期・成長期にある事業には、技術や知財だけでなく顧客との関係や組織体制、生産ノウハウといった無形資産や、生産設備などの有形資産などの様々な強みが存在する。それらが「壁」となって事業を守る。しかし、それらの強みが強固な壁となるまでには、相応の時間がかかるのだ。
「一般に、立上期から拡大期・成長期に差しかかるタイミングで競合の参入が活発化する。この時点で他の無形資産・有形資産による強みがまだ盤石でなかったとしても、法定の強力な独占排他権である特許権などが完成されていれば、参入を抑制でき、事業の拡大・成長は確かなものとなる。それが、事業拡大のキーとなる製品・サービスにおいて、われわれが言うところの『知財の壁』を構築する理由だ」(牧野)。
では、具体的にプロフェッショナルプリント、インダストリー、ヘルスケアの各事業について、知財の壁を構築した事例を紹介しよう。
要素技術の開発段階から集中的に特許出願
プロフェッショナルプリント事業では、同事業の拡大・成長に大きく寄与した自動品質最適化ユニットIQ-501がある。2017年に発売され、従来、熟練した作業員が人手で行っていた印刷物の色調整や表裏の位置合わせなどを高品質に自動化することにより、印刷現場での「自動化、省力化、スキルレス化」という新しい価値を提供し、新たな市場を切り拓いてきた。
「自動品質最適化ユニットにより提供される価値を実現する様々な技術については、要素技術の開発段階から集中的な特許出願を行ってきた。その結果、当社の特許群は量・質ともに他社を圧倒することができた。強力な知財の壁として競合の参入を長期間にわたり抑制し、自動品質最適化商品・サービスと言えばコニカミノルタという顧客への意識付けと価格支配力の維持に貢献した」と牧野は振り返る。
インダストリー事業では、ディスプレイ用フィルムSANUQIを挙げる1 。「サプライチェーンから情報を収集し、顧客ニーズを先取りしながら、当社の技術と社外の技術を組み合わせて新たな価値を創造したケース。ここでも大型ディスプレイ領域で知財の壁がシェア拡大を支えた」と説明するのは、知的財産部第1グループリーダー(部長)の宮本宏である。
1「SANUQI」はコニカミノルタ株式会社の登録商標です(商標登録第5841201号)
液晶パネルの偏光板メーカー向けに、コニカミノルタはTACフィルムを長年提供してきたが、加えて、耐水性に優れた新樹脂(COP)の採用を検討。これを「溶液流延+ベルト」方式で製膜することにより、超薄膜化と多様な機能の付与、幅広・長尺対応を可能にした。
「COPフィルム全般においては、もともとコニカミノルタは競争優位なポジションになかった。だが、「溶液流延+ベルト」方式での製膜に集中的に特許出願することにより、知財の壁を築いた。目下、拡大・成長期にあり、競合の参入を阻止している」と宮本は話す。
ヘルスケア事業の成長・拡大のキーテクノロジーがX線動態解析だ2。これは、一般のX線撮影装置により連続撮影されたX線画像に独自の画像処理技術を用いて画像処理、解析を行うことで、血流や組織の動きを見える化するもの。まさに立上げから成長に差しかかかる事業において、画像診断のスタンダードとして長期にわたる高収益事業となることを目指す。ここでもすでに知財の壁を構築済みである。「臨床診断に全く新しい価値を生む製品。その実現に向け、われわれも要素技術の開発段階から集中的な特許出願を行ってきた」(宮本)。
2「X線動態」はコニカミノルタの登録商標です(商標登録第6713842号)
そして、3つ目の知財戦略が「インダストリー横断での事業開発へ向けた知財活動」である。注力領域のバリューチェーンの上流に位置するブランドオーナーに直接コンタクトするフロント人財組織「インダストリー事業開発センター」が2023年4月に発足したが、これに合わせ、同センターと密接に活動することで、新たな価値を迅速に知財化する。インダストリー事業横断関連の出願件数は、2025年に2022年実績の10倍を目指す。
経営や事業部門と意識を近づけ、連動を深めていく
知的財産部には、各事業部門における知財戦略の策定・実行を担うグループのほかに、知財DXやIPランドスケープなどを担うグループがあり、小西逸人・第3グループリーダー(部長)が率いる。小西は自らのミッションを、「知財戦略の策定・推進を支援する裏方として、ITのエキスパートと一緒に知財DXに取り組むとともに、外部環境を分析しながら変曲点がないか注意深く見極め、そこから得た気づきを事業部や知財部門、経営に提供する」ことだと語る。
知財DXでは、業務の見える化や効率化を実現する数十以上のDXツールを独自開発し、全社の知財にかかわる業務プロセスを変革する。例えば、特許出願をする際に不可欠な先行技術調査に関して、従来のワークフローに対して約85%の時間短縮を実現した。自社の部門や発明者情報の独自のデータベースと、文章による直感的な特許検索を可能とする独自ツールとを組み合わせた。これらのDXによる業務プロセス変革により、年間あたり累計4000時間以上の効率化を達成している。効率化、業務変革の先に見据えるのは、もちろん付加価値創造業務へのシフトだ。これによって知財の質と財務価値をともに向上させることを目指す。
コニカミノルタは約2万件の特許を保有するが、知財の価値はその数だけによるものではない。知財の質に対する外部の評価の1つを紹介しよう。世界的な情報サービス企業クラリベイト社が選定する「Clarivate Top 100グローバル・イノベーター」にコニカミノルタは2022年~2024年の3年連続で選出された。これは「影響力」「成功率」「グローバル性」「希少性」の4つの要素で特許が持つ卓越性を評価したもので、選ばれるのは世界の革新的企業・組織上位100社である。これについてコニカミノルタでは、特に特許の応用範囲の広さを示す「希少性」において高く評価されたのではないかと考えている。
「知財戦略は経営戦略そのもの」と牧野は強調する。「知財部門は、経営戦略や会社の方向性をより深く理解しないといけない。同時に、経営や事業部門に対して、事業を強くする手段としての知財活動の認知度を高めていくことも重要な責務だ。それぞれが互いに意識を近づけ、さらに連動を深めていきたい」。牧野はこう意気込みを語る。
*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。
関連リンク
2023年度版 知的財産報告書-IR資料室 | コニカミノルタ (konicaminolta.com)