ChatGPTの登場で、今年に入って一気に注目が集まった生成AIは、世界中の企業が躍起になって取り組んでいる技術テーマの1つ。その進化は日進月歩を超えるスピードだ。幅広い業種・業態で利活用が進む生成AIだが、このところクローズアップされているのが、AIに関する法規制や倫理観を踏まえたポリシーやガイドラインの重要性だ。各国政府だけでなく、G7など国際的な枠組みの中でもルールづくりが急がれている。
コニカミノルタのようなモノづくりをベースとした社会課題解決企業では、こうした規範が特に大切だ。生成AIを活用した製品・サービスの品質保証をどのように規定し、実践していくのか。単なるルールづくりに留まらず、グループ全体で共有すべき“AIフィロソフィー”が問われている。生成AIを利活用していくキーポイントはどこにあるのか。AIを熟知するキーマン2人に聞いた。
全部門の力を結集して提案を目指す
「私はAIの専門家として当社に入社しました。入社を決めたきっかけの1つは、当社のAI技術の研究開発水準が想定していたよりも高かったことです。また、AIの品質保証についての検討をしっかり進めていたことも先進的だと感じました。当時、AIの最先進企業に対しても遅れをとっていなかったと思います」。
こう振り返るのは、技術開発本部プリンシパルエキスパートの奥田浩人だ。奥田は外資系メーカー、国内メーカー、海外大学、IT企業の勤務などを経て2020年に入社した。
当社は2021年6月、「コニカミノルタグループ AIの利活用に関する基本方針」を策定。「人間中心のより良い社会を実現するAIの適正な利活用についてグループ共通の認識を持ち、一丸となってAIを積極的に利活用していくため」として、①人々が生きがいを感じられる社会の実現、②安全/安心の確保、③公平性の尊重、④透明性の追求と説明責任、⑤ステークホルダーとの共創、⑥人財の育成――という6つの方針を掲げた。
AI利活用を社内業務の効率化から製品・サービスへと広げていく中で、体制づくりも進めてきた。2023年7月には、全社横断的なAI利活用推進を目指す「生成AI活用特任チーム」を立ち上げた。その中核となったのが奥田である。
「生成AI技術の理解や利活用の促進には、グループ全部門の協力が不可欠です。各事業部とコーポレート部門、それにAI専門メンバーから40名ほどを集め、生成AI技術の使いこなしと社内への普及を進めているところです」と奥田。今は、様々な応用事例を持ち寄って、自分たちで生成AIを使いこなし、その成果を社内提案につなげたいとしている(図1)。
特任チームの意気は高い。結成にあたって多くの参画者が自ら手を上げて集まってくれたという。「バックグラウンドが文系の人を含め、気概を持ったメンバーが集まったと思います。『まずは自分で手を動かす』というポリシーに共鳴してくれたようで頼もしく感じます」(奥田)。
生成AIのアクセル役とガードレール役を組織化
「AIの健全な利活用には、推進を検討する“アクセル”役と安心・安全を確保するガードレール”役が不可欠です」と述べるのは品質本部副本部長の上村裕之。「ガードレール」という言葉は耳慣れないが、もともと欧州委員会のマルグレーテ・ヴェステアー上級副委員長が、EUが検討中の包括的AI規制法案の狙いについて述べる際に用いた言葉だ。AI利用の抑制が目的ではなく、適切な利用のための基準づくりであると強調したかったようだ。当社では、アクセル役は生成AI活用特任チームが、ガードレール役は「Responsible AI Office」(RAO)と「AI倫理審査委員会」が担う。これがコニカミノルタのAIガバナンス体制のコアである(図2)。
RAOは、事業部門ごとに任命されたAI利活用推進責任者と連携して、商品企画段階から適切なリスクアセスメントが実施されるように開発者へ支援を行うほか、全従業員に対する教育や周知活動を実施する。各部門から提出されたリスクアセスメント結果は、AI利活用に関わる部門の担当役員や社内のAI技術有識者のほか、社外のAI倫理有識者を構成員とする「AI倫理審査委員会」で審議する。
上村は、RAOの機能をこう説明する。「RAOは、技術戦略部門が全体統括を担当して、品質保証や法務、技術などの部門からAIに関する専門知識を持ったメンバーを集めた部門横断チームです。奥田が紹介した生成AI特任チームとコラボレーションしながら仕事を進めます。特任チームが検討した生成AIのさまざまな利活用について、問題がなければアジリティを持って展開し、問題がある場合には都度チェックします」
開発プロセスに自社の特性を考慮した品質保証ポリシーを盛り込む
当社は今年7月から、オンラインマニュアルサービス「COCOMITE(ココミテ)」上で利用できる「AIマニュアル作成アシスト」サービスのベータ版の無償提供を開始した。市場への提供にあたっては、様々な議論があったと上村は言う。
「新しい製品・サービスを出すうえで押さえておくべきポイントは何か。生成AIを活用したサービスを初めて世の中に提供するわけですから、AI倫理審査委員会でも議論になりました。その中で、安心・安全をしっかり確保しながらお客様に価値を提供できると判断して、リリースに至りました」と上村。
奥田も「AIマニュアル作成アシストに関しては、生成AIを活用した初のサービスということで、担当部門とディスカッションを重ねました」という。
AIガバナンス体制における特任チームの役割について奥田は、「チームでは、日々の情報収集や調査活動の中で、生成AIに特有の問題を見出します。特任チームには、RAOや各部門、AI倫理審査委員会のメンバーが参画していますので、特任チームの活動で得られた知識やノウハウをフィードバックでき、AIガバナンス体制の中で有機的な連携ができています」と述べる。
AIに長年携わってきた奥田は、「生成AIは以前からある技術ですが、ChatGPTが発表された2022年から特に広く注目されるようになりました。今では『破壊的技術』と捉えています」と言う。
「たしかに一般社会からの期待が上振れしています。調査会社の米ガートナーが発行している『ハイプ・サイクル2023年』は、現在は生成AIへの期待値が最大で、この後、幻滅期を迎えることが予想されるとレポートしています。大切なのは、AI技術を正しく理解して、過剰な期待も行き過ぎた失望もせずに使っていくことです。今後は幻滅期を経ながらも着実に普及していくフェーズに入っていくでしょう」(奥田)。
その段階で重要になっていくのが、生成AI関連製品・サービスの品質保証だ。上村は、AIには機械学習システム固有の特性があり、品質保証が難しい面があるという。機械学習の精度を100%にするのは実現困難だし、AIの判定理由を明示しにくい「ブラックボックス問題」もある。
これらを踏まえたうえで、製品・サービスの開発過程の中に当社の特性を考慮した品質保証プロセスを盛り込む必要がある。その実践策の担い手が、前述のRAOとAI倫理審査委員会のコラボレーションというわけだ。
当社固有の強みに密着した部分は自前でAIを進化・発展
奥田はコニカミノルタのAI技術を統括する立場から、「最新の技術を常にキャッチアップしながら、センシング技術など当社の強みに密着した部分のAIは自前で進化・発展させていきたいですね。それがコアコンピタンスを高めることにつながると思います」と語る。
上村も「AIの利活用は必ず進めなくてはなりません。新しい技術をどんどん取り入れていく中で、お客様に安心・安全に使っていただく体制をしっかり機能させることが大切です」と決意を新たにしていた。
新しい時代を切り拓くことが期待される生成AI、コニカミノルタは早くから技術と品質保証の両面で取組を開始、全社横断の特任チームを含むガバナンス体制を整えることで、安心・安全にも配慮したソリューション提供を開始した。経営ビジョン「Imaging to the People」実現に向け、生成AIは力強い味方になるはずだ。
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