コニカミノルタが2022年4月に導入した新人事制度には大きな特徴がある。すでに多くの日本企業で導入が進みつつあり、話題にもなっている「ジョブ型」とは一線を画し、管理職に対して「複線型」の道を用意する。様々な技術の組み合わせで発展してきたコニカミノルタらしく、磨いてきた専門性に基づきイノベーションをリードする人財、そして、そういった人財を含めた多様性あるメンバーをエンパワーする人財のもとで、プロフェッショナル人財が協業し、画期的なイノベーションを創出する企業像を思い描く。
プロフェッショナル集団への変貌
2030年までに、日本を含む世界の多くの経済圏において労働力不足が大問題になるとの予測がある。大きな要因は、産業構造の変容によって必要とされる労働力に偏重が生じ、スキルのミスマッチが広がることにあると言われる。そこでは人の創造性を高めながら、労働力不足を解決していくことが必要となる。
メディアでも報道されているとおりデジタル革命の進行、国際情勢の流動化、コロナ禍など企業を取り巻く環境は刻々と変化を遂げている。激動の時代を乗り越え勝ち残るため、適切な戦略の立案・実行やイノベーション創出を実現する人財の重要性が一層増している。
企業にとって従業員の創造性をいかに高められるかが、企業存続の大きな鍵となる。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の強力な推進・加速を目指すコニカミノルタにとっても人財力強化は喫緊の課題だ。コニカミノルタは基本に据える人事戦略として、「プロフェッショナル集団への変貌」を掲げている。2022年4月、その具体的方策の1つとして導入したのが「複線型」の人事制度である。いわゆる“管理職”として歩む道を複線化したものだ。これは具体的にどのようなもので、どのような思いに基づくのか、人事部に語ってもらった。
”管理職“を廃し、「エンパワーメントリーダー」と「エキスパート」に複線化
人事部長の大西邦彦はこう説明する。
「従来は、よりよい待遇を受けるには管理職になるしかありませんでしたが、適性や志向に応じた道を新たに用意しました。求めるリーダー像として、多様な人財の力を引き出し、組織に活力を与えながら実行力を上げる『エンパワーメントリーダー』と、自らの専門性を生かして事業に貢献する『エキスパート』という2つの区分を設定したのです」
管理職という言い方を改め、エンパワーメントリーダーとエキスパートを総称する「エグゼンプト」という呼称もつくったという。ここでは主にエキスパートについて聞いていくことにする。
「複線型制度の肝と言えるエキスパートは、『技術系』『ビジネス系』の区分で技術やスキル、経験を備えた人財を選抜します。想定するのは『業界で一目置かれるような第一人者』。イノベーションの創出によって変革のリード役となることを期待します」
エキスパートには「アドバンス」「シニア」「プリンシパル」という3層の肩書きを用意した。人事部人事企画グループリーダーの臼井強は話す。
「各層ごとに決まった固定給と成果に応じた賞与で報酬を構成します。プリンシパルの場合、目標を100%達成すれば年収2000万円を軽く超え、これは役員レベルの報酬です。目標の80%達成でも約2000万円と今の部長を超える設計にしました」
「目標の80%達成でOK」のワケは
「目標達成度80%で十分に評価される」――。評価・報酬体系でこう打ち出すのは珍しいが、そこには人事部からのメッセージが込められている。「実現すれば大きな貢献につながるような、ストレッチした目標を掲げ挑戦してほしい」(大西)というものだ。
バブル崩壊後、日本企業がこぞって導入した目標管理制度に基づく成果主義の人事制度では、低い評価がつくことを恐れた社員が達成しやすい目標を掲げることが多く、むしろ企業の成長や飛躍の足かせともなった。コニカミノルタはそこに問題意識を持ち、失敗を恐れず挑戦できる制度設計を試みたわけである。
だが、結局「80%なら達成できそうな目標」を立てることにならないか。臼井の説明はこうだ。
「それを抑制する狙いで人事部が新設したのが専門委員会です。シニア、プリンシパルについては、最高技術責任者(CTO)や最高人事責任者(CHRO)、事業担当役員など専門分野にも詳しい役員らが目標設定や達成度の妥当性を確認することになります」
「正直なところ、100点が取れる仕組みをつくるのは難しい。いたちごっこにならないように気を配っていきます。取り組みを進める中で徐々に適切な物差しが出来上がることを期待しています」
あえてジョブ型は選ばなかった
今、日本企業では、業務範囲を明確に定め、社員の専門性を極める「ジョブ型」の人事制度を導入する動きが盛んだ。プロフェッショナル集団への変貌を目指すコニカミノルタにジョブ型という選択はなかったのか。
大西は、「あえてジョブ型ではなく複線型を選びました。コニカミノルタらしさを重視したのが大きな理由の1つです」と説明する。
コニカミノルタはカメラやフイルムの事業に始まり、複写機や医療機器、計測機器へと事業領域を広げてきた。技術と技術を組み合わせ、喧々諤々の議論を通して成果を出し、発展してきた歴史がある。この文化・風土を踏まえ、「エキスパートについても複数の技術領域、得意分野を持つことを求めていきます。また、エンパワーメントリーダーも、人財管理ではなく、高い『人財エンパワースキル』が必要です」(大西)という。
ジョブ型の核は「職務」で、そこで求められる専門性を身につけた人財を登用する形だが、コニカミノルタの場合、あくまでも核は「人財」である。専門性を磨きつつ、幅広い技術やスキルを身につけて成長することを促す。適材適所で配置した人財同士が互いに触れ合い協業する中で、画期的なイノベーションの創出につなげようという発想なのだ。4月以降の展開について、大西はこう説明した。
「現在、エグゼンプトの対象社員は1000人ほどです。どちらの道を進むのか、人事部と社員がコミュニケーションを取り合う中で決めていきます。エキスパートについては、技術やスキル、経験などの要件を満たす人財の中から、最終的に専門委員会の審査を経て選ぶ形となります」
「当面は9割がエンパワーメントリーダーに、1割ほどがエキスパートに就くことを想定しています。一般職の間から人財をエンパワーする経験・スキルを積んだプロのエンパワーメントリーダーに。そして、人工知能(AI)技術に詳しく、アルゴリズム解析やデータ抽出もできて顧客に近いところでの業務経験がある社員、起業経験を持ち複写機とデジタル広告をセットにした新ビジネスの立ち上げに奮闘中の社員、こういった人財がエキスパートとして歩み始めると予想されます」
コニカミノルタでは2030年を見すえ、労働人口減少・少子高齢化や社会インフラの老朽化などの社会課題が当社グループと社会に与える影響を評価し、バックキャストの発想で「今、私たちがなすべき」ことを5つのマテリアリティとして再特定している。そのマテリアリティの1つが「働きがい向上及び企業活性化」だ。自社・お客様・社会の生産性を高め、創造的な時間を創出し、個々が輝ける環境を整備する。コニカミノルタグループの従業員は4万人を超え、過去10年にわたる積極的なM&Aを経て新たなアイデンティティー・知見・経験を持つ人財も数多い。世界のあらゆる場所にある多様な個の力を結集し、持続的成長につなげる土台づくりを着実に進めていこうとしている。
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