生産シェアが海外メーカー優勢となっているディスプレイ機器のサプライチェーン。しかし、国内メーカーが技術力の高さを生かし、トップの座を譲らない部材がある。液晶パネルや有機ELパネルに欠かせない、高い機能をもつフィルム がそれだ。コニカミノルタをはじめとする国内メーカーが世界シェアの大半を押さえている。「SANUQI(サヌキ)」は、その新世代製品として開発されたものの1つ。大型テレビ向け有機ELパネル用フィルムの市場では、今年度、コニカミノルタが世界で85%のシェアを握る見通しだ。

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サプライチェーンの中で強みを発揮

液晶パネルは、液晶と偏光板を組み合わせることで光の透過性を制御して画像を表示するが、液晶の種類によっては、そのままでは正面から見た時と斜めから見た時で色合いが変化してしまう。また有機ELパネルは、そのままでは外光が入ると内部の基板などに反射してコントラストが低下してしまう。こうした課題を解決するため、偏光板と組み合わせて用いられるのが「位相差フィルム」と呼ばれる部材だ(図1)。

図1 液晶ディスプレイおよびパネルの構造と、位相差フィルムの役割
図1 液晶ディスプレイおよびパネルの構造と、位相差フィルムの役割

「SANUQI」シリーズは、位相差フィルムをはじめとする耐水性、耐熱性、透明性に優れた新世代の機能性フィルムである。ディスプレイ向けの機能性フィルム市場では、現時点で液晶パネル向けの出荷量が有機ELパネル向けの約5倍多いが、コニカミノルタが新たに参入した有機ELパネル向け位相差フィルムでは高いシェアを獲得している。

「有機ELパネル向け位相差フィルム市場における当社の世界シェアは一時期低迷しましたが、お客様と対話を重ね、お客様が市場で勝ち抜くために必要な性能を維持する一方でコストを下げる改良を加えた結果、シェアが上昇に転じ、今年度は約85%を達成する見通しです」機能材料事業部長の斉藤淳はこう述べる。

「SANUQI」シリーズが有機ELパネル向け位相差フィルムのサプライチェーンにおいて優位を勝ち得た背景の1つがフィルムの製造法にあるという。「SANUQI」シリーズに採用されている主な製造プロセスは、①フィルムの厚み・サイズ調整と光学機能付与のための延伸法、②薄膜化における溶液製膜法、③薄膜化、乾燥のためのベルト方式、④フィルム基材としてシクロオレフィンポリマー(COP)樹脂の採用などである。

機能材料事業部長 斉藤 淳
「最終製品市場の変化に対応できるフィルムを迅速に開発していけるのが何よりの強みです」と語る機能材料事業部長の斉藤淳

光学特性を延伸法で実現

位相差フィルムが有機ELパネルの外光反射を防ぐ仕組みはこうだ。ディスプレイ内に入った外光は、まず偏光板で特定方向の直線的な振動になる。さらに偏光板の内側に設置した位相差フィルムを通過すると一方向に回転する振動に変わる。この光が有機EL内部の基板などに反射すると振動の回転方向が逆になる。再び位相差フィルムを通過すると振動が直線に変わるが、振動が入射時と90度変わるので偏光板を通過できなくなり、外光の反射を抑えることができる。なお、光の振動方向を直線から回転、あるいは回転から直線に変換するためには、位相差フィルムは偏光板の偏向角に対して45度の角度に設置する必要がある(図2)。

図2 位相差フィルムと偏光板で有機ELパネルの外光反射を防ぐ仕組み
図2 位相差フィルムと偏光板で有機ELパネルの外光反射を防ぐ仕組み

位相差フィルムを作る方法には、フィルムを特定の方向に引っ張ることで位相差機能を持たせる延伸法と、液晶をフィルムに塗布し処理を行うことで位相差機能を持たせる塗布法がある。後者の塗布法は、位相差フィルムとしての機能は優れているものの、製造コストは高くなる。
「液晶自体のコストに加え、次の工程に完成品を届ける物流過程で液晶保護用のフィルムが必要になりますし、製造工程でその着脱作業が必要となります。工程が増え、剥離した液晶保護用フィルムは廃棄物になるので、製造コストや環境負荷を押し上げる要因になります」

「SANUQI」シリーズの有機EL用製品では、コスト低減が可能な延伸法を採用している。しかし、延伸法にも課題があった。
「45度の位相差フィルムを作るためには、斜め方向に延伸しなければなりません。ところが、製造工程でフィルムを延伸するには、長さ方向か幅方向に引っ張るのが一般的です。しかし、それでは延伸後のフィルムを斜めに切り取って使用することになるため、端材が大量に生じ、歩留まりが悪くなります。」
そこでコニカミノルタは、フィルムを斜め45度方向に延伸する技術を開発した。

「有機ELパネルメーカーは、液晶パネルとの競争に打ち勝つコスト構造を模索しています。位相差フィルムの製品コストの差は完成品の価格を下げるのに欠かせないとパネルメーカーは考えており、当社は度重なる対話によりその要望に応えています」
世界シェア85%という数字が射程に入った1つの要因がここにありそうだ。

溶液製膜法×ベルト式で最終製品の進化促す

フィルムは、原材料の樹脂をいったん溶かし、スリットから押し出して製膜する。素材を溶かす方法には、有機溶剤を用いる溶液製膜法と熱で溶かす溶融製膜法がある。「SANUQI」シリーズでは、前者の溶液製膜法を採用した。

フィルムに様々な機能性を持たせるためには、原材料の選択に加え、製造時に色素などの添加剤を付加する。ところが溶融製膜法では素材を加熱するため、耐熱性の高い樹脂材や高温に弱い添加剤は使えない。これに対して溶液製膜法では、高温にする必要がないため、樹脂や添加剤の選択肢を広げることができる。

また、溶液製膜法では加熱による変性がないため、裁断後の端材のリサイクルが容易だという。「実工程において99%以上のリサイクル率を実現しています」

溶液製膜法では、スリットから射出した樹脂をドラムまたはベルトに付着させ、その後、乾燥、延伸工程を経て巻き取る。「SANUQI」の製造では、ドラム方式に比べ薄膜化に適したベルト方式を採用している。

コニカミノルタは、写真フィルムが主力事業の1つだった時代にトリアセチルセルロース(TAC)と呼ばれるフィルム基材を、溶液製膜法とベルト方式で製造していた。斉藤は、「機能性フィルムの分野に乗り出してからも、この2つの製造法の組み合わせで最終製品の進化を促すフィルムを開発してきました」と胸を張る。

将来はディスプレイ機器以外への用途展開も

コニカミノルタは機能材料事業において、一貫してパネルメーカーへの価値提供を強く意識してきた。
「当社では、パネルメーカーが競争を勝ち抜くために必要な機能や特徴を、社会トレンドも念頭に置きながら提供してきました。最終製品市場の変化に対応できるフィルムを迅速に開発していけるのが、何よりの強みです。『SANUQI』はまさにその中核を担う製品です。」

「SANUQI」開発の背景には、ディスプレイ機器の急速かつ大きな変化がある。斉藤がまず挙げるのは、国内で完結していたサプライチェーンが海外に広がったこと。もう一つは、モバイル機器をはじめとする屋外利用の広がりである。

「TACフィルムは優れた光学特性を持っていますが、吸湿性がやや高く、サプライチェーンが細分化されたことでメーカー間の輸送中の耐水性が求められたり、最終製品の利用場所が屋外にまで広がったりすれば、品質面の課題となり得ます。そこで、高い耐水性・対候性を有するフィルムが求められるようになったのです」

「SANUQI」シリーズでTACに代わる基材として、シクロオレフィンポリマー(COP)樹脂を採用した。この採用により、透明性など優れた光学特性と、高い耐水性、耐熱性を有し、今後の利用拡大が期待されている。

「SANUQI」シリーズでは、大型テレビ等に使われる液晶パネル向けの視野角拡大用位相差フィルムが主力製品となっている。そこに有機ELパネルの反射防止用位相差フィルムを加えた。
「今後はまず、有機ELパネル向けフィルムの販売数量とシェアの拡大を狙います」

機能性フィルムの製品展開は、当面、ディスプレイ機器用を念頭に置くが、それ以外への用途展開にも関心を寄せる。
「まだ先の話ですが、可能性は見込めます。例えば、弊社の中長期の成長テーマの1つであるペロブスカイト太陽電池向けのバリアフィルムもまさに検討しているところです。もちろん、用途として成り立つだけでなく、ビジネスチャンスが見込める領域で競争に勝ち抜ける見通しが必要です。可能性の見込める用途における新たな展開は今後とも探っていきます」と斉藤は意欲を見せていた。

機能材料事業部長 斉藤 淳

「SANUQI」はコニカミノルタ株式会社の登録商標です。

*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。