コニカミノルタが生成AIを活用したソリューションの販売を開始した 。先行するのは、AI技術を活用して社会課題を解決することを使命として掲げるICW(Intelligent Connected Workplace)事業部門だ。2024年秋には、学校教育向けソリューションtomoLinks®のオプション機能として生成AI学習支援機能をリリースし、また、オンラインマニュアルソリューションCOCOMITE®では、高度な職人的技能のマニュアルをAIによるインタビューで作成する機能を実証実験した。生成AIを活用した狙いについて、担当事業部門の責任者と開発者に聞いた。
生成AIの活用で社会課題を乗り越える
ICW事業が生成AI活用で乗り越えるべき重要な社会課題と位置付けるのは、わが国の生産年齢人口の減少である。ICW事業統括部 統括部長の一色恒二は、「内閣府の2022年版高齢社会白書によると40年後にはピーク時からほぼ半減すると見込まれる中、日本の経済力・社会をどう維持・発展させていくかが大きな課題です」と危機感をあらわにする。
人材の流動化が進んでいるのに欧米のように標準化が広まらない点も課題の1つだという。「まだまだ属人化されている業務・ノウハウが日本には多く残っており、そこを言語化・企業アセット化すれば、世界に負けない競争力が発揮できます」と一色は言う。
では、こうした人材に関する課題にどう取り組むか。一色の答えはシンプルだ。「生産年齢人口が半減しても一人ひとりのパフォーマンスを2倍以上に高めれば、経済力を維持・向上できるはずです」。このパフォーマンス倍増に、生成AIの力を借りるという。
ICW事業では今、2つの取り組みを展開中だ。1つは、学校教育への生成AI学習支援機能の提供。もう1つは民間企業へのAI技能伝承サービス機能の提供である。生成AIを組み込んだソリューションの展開はコニカミノルタでは初となる。
学校教育向けは、2023年5月に本格提供を開始したクラウドサービスの「tomoLinks®(トモリンクス)」。ICTの活用を通じて児童・生徒一人ひとりの特性を把握し、個別最適な学びの実現を支援する。提供メニューは「教育データ分析AIサービス」「画像分析AIサービス」「学習支援サービス」の3つである。
なぜ学校教育なのか。その理由について一色は「パフォーマンスを上げるには、小中学生時代から学習のあり方を変えていく必要があります。これまでは正解がある時代だったので、画一的な教育で課題解決に長けた人財を創出していくことが適していました。しかし、VUCAの時代になり、自分から進んで課題を発見し行動する力をもつ人財が競争力の源泉となる中、児童・生徒の主体的な学びと個性を尊重した教育に変化していく必要があります」と主張する。
教員のような対応で考える力の育成支援
個々の児童・生徒の特性を、教員がアナログ手法で把握するのは限界がある。そこにICTやAIといったデジタル手法の出番がある。例えば「教育データ分析AIサービス」では、学力調査や日々のドリルの結果を詳細に分析し、その結果を基に、児童・生徒に最適な教材を提案したり教員の指導をサポートすることができる。
この「tomoLinks®」に、新たに生成AI学習支援機能「チャッともシンク™」を追加、2024年10月に本格提供を始めた。この新機能は、生成AIとの対話を通して考える力の育成をサポートするもの。児童・生徒が自発的に学ぶことを楽しめるようにしたいという願いを込めて開発された。
開発段階で目指したのは、生成AIに教員と同じような教え方を学習させること。あくまで考える力の育成に主眼を置くため、児童・生徒から質問を受けたとき、いきなり「正解」を答えてしまうようでは、考える力は育たない。子どもたちの質問に対して直接的な解ではなく、解に繋がるヒントを提示することで、子どもたちを解決に結びつけるようにしている。
加えて、授業の目的や利用する子どもたちの学年に合わせた生成AIの振る舞いに関するチューニングも簡単にできるようにした。実際、「AIの回答パターンに教員側の意図を入れることができるので、授業での活用がしやすい」、「非常に集中して生成AIを用いた授業に取り組んでいた」、「学習支援を要する児童が、これまでよりも自力で参加できる様子が見られた」といったポジティブな声を頂いている。
安心・安全面もサポートし、さらなる活用へ
子どもたちが使うからこそ、安心・安全面での配慮も重要だ。教員と同じ役割が期待されるだけに、伝える内容からも学校教育に不適切なものは排除したい。そこで、生成AIが参照する情報源を、学習指導要領や一般教材など学校教育として信頼の置けるデータに限定した。また、教員や子どもたちが入力した情報はAIの学習には利用しないこと、子どもたちが生成AIとどのようなコミュニケーションをしたかを教員の画面から確認できることなど、学校にとっても保護者にとっても安心できる機能に仕立て上げた。
2024年2月、全国の教育委員会や小中学校・高校を対象にトライアルユーザーの募集を開始。応募した88校に先行トライアル版を提供、2024年5月には大阪市教育委員会と「AI等を活用した児童生徒の多様な学び等の可能性を探るための連携協力に関する協定」を締結し、共同で調査研究を行っている。
教育委員会や学校現場からの反応には手応えを感じている。「tomoLinks®の生成AI機能に対しては、教育委員会などから共感をいただいています。学校現場には、児童・生徒は生成AIに早く慣れた方がよいと考える先生方がおられます。働き方改革が進めば、現場にもさらに浸透するはずです」と一色は期待する。
技能のコツを言語化するにはどうするか
生成AIを用いたもうひとつの取り組みは、オンラインマニュアルサービス「COCOMITE®(ココミテ)」への「AI技能伝承インタビュー機能」の追加だ。2024年11月から現行ユーザーと新規トライアル企業向けにベータ版を先行トライアルとして無償提供を開始した。
もともとCOCOMITE®は、情報伝達力の高いマニュアルの作成と、マニュアルのバージョンを一元管理できる環境を提供するソリューションである。開発の背景には、理解しにくい“名ばかりマニュアル”の存在やマニュアル運用の煩雑さがある。結果として、業務の属人化や品質のばらつきが発生。人材の流動化が進む中、OJT中心の教育工数が膨らみ続けるという問題が生じていた。
そんな状況を打開しようと、「ノウハウが集積できる」「常に最新に保てる」「タイムリーに情報共有できる」という3つの価値を持つサービスの開発に取り組んできた。最新版のマニュアルをどのデバイスからでもいつでも参照できるようにしたい――。COCOMITE®開発の出発点には、そんな願いがあるという。
生成AI機能の提供は2023年7月から。まずAIマニュアル作成アシスト機能のベータ版を提供し、マニュアルのタイトルを入力するだけで目次構成や下書きまでの作成手順を支援することで、マニュアル作成面で属人的な部分をなくし、大きく効率化できるようにした。
AI技能伝承インタビュー機能もそうした生成AI活用のひとつだ。この機能は、いわゆる職人芸とされる高度な技能について、生成AIが技能者に対してインタビュー形式でヒアリングを実施。得られた音声データを基に、その技能を再現するためのマニュアルを自動で作成する。
開発を担当したICW事業統括部 アドバンスド・エキスパート 兼 テックリード(AI・データ)の大竹基の進め方を振り返る。
開発上の大きな課題は、職人芸のような暗黙知をマニュアルにどう記述するか、という点だ。そのためには暗黙知の“表出化”が欠かせない。技能のコツを言語として引き出す工夫が必要となる。
そこで開発に当たっては認知科学の知見を頼りにした。常葉大学経営学部准教授である山田雅敏氏の協力を得て、暗黙知のマニュアル化につながる工夫を重ねたのである。
その1つが「場づくり」だという。「ヒアリングの場に作業風景の写真を用意したり作業道具を持ち込んだりすると、技能者は質問に答えやすくなります。例えば道具を手にすれば、作業を表現する言葉が自然に出てきます」(大竹)。
認知科学の知見を基に聞き方を学ばせる
細かなニュアンスを伝えるのに擬音が有用であることも、山田氏から学んだ知見の1つだ。「マニュアルには技能のコツも記述したい。例えば作業のスピード感です。『しゅっ、しゅっ』と素早くやるのか、『ぐっ、ぐっ』と力を込めてゆっくりやるのか、擬音ならその差が伝わります」(一色)。
生成AIには、こうした知見を踏まえたインタビュー法を学習させた。それを一般的な聞き方と組み合わせることで、技能のコツまで言語化したマニュアルを自動作成できるようになった。
これらの新機能の開発に携わった大竹は、「生成AIもそのままではインターネット上の情報を基にした一般的なことしか回答できません。ソリューションの提供価値を生み出すには、人間の手によるチューニングが欠かせません」と述べる。
「従来のCOCOMITE®のお客様は主に小売業・サービス業でしたが、AI技能伝承インタビュー機能を加えたことで製造業からの関心が高まっています。同じ製造業である当社内での活用も踏まえ、製造業向けサービスとしても整えていきたいと考えています」と一色は意気込む。
生成AIビジネスの市場性をどうみるべきか。その将来像について一色はこう見通す。「総務省の情報通信白書(2024年版)によると、日本での生成AIの個人利用は9%と欧米や中国から大きく遅れています。また同じ国内でも、生産や小売り・サービスの現場などではオフィス業務に比べ、さらに遅れています。言い換えれば、国内の現場向けには、大きな伸びしろが見込めるということです。ニッチで参入障壁の高い市場だからこそ、それを乗り越えられれば、圧倒的なシェアを握れるはずです」。
ICW事業では現在、機械学習を用いた自治体・ホテル向け多言語通訳サービス「KOTOBAL®(コトバル)」や、医療機関向け多言語通訳アプリ「MELON®(メロン)」も提供している。「これらのサービスでは会話内容をデータとして蓄積しており、それが新たな価値を生み出します。そこに生成AIを組み合わせ、提供価値をさらに高めていく予定です」。次の一手を一色はこう明かした。生成AI活用の事業領域は2025年以降、ますます広がりそうだ。
*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。