コニカミノルタは社員教育の一環として、毎年6~7月にシススクと呼ぶ技術研修を実施する。配属部署の勧めで主にソフトウェア開発やICT関連業務に従事する新入社員が対象である。今年度の特徴はカリキュラムに生成AI(人工知能)を加えたこと。最新IT技術の習得を主軸に据え、毎年カリキュラムを更新している。背景にはDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを加速させる全社的な方針がある。実際、シススクの卒業生はシステム開発をリードするエンジニアに成長することはもちろん、職場でDXのけん引者として活躍する姿が目立つ。シススクがこうした実効性を発揮するための切り札は、先輩社員が実務に直結した技術や知見を伝承する講義であり、若手社員のスピード成長を促す計画的な育成方針である。そのユニークな方針の効果を探った。
事業に貢献するエンジニア、ボトムアップのDX推進役として育つ
研修の運営チームが仕掛けるシススクのねらいは、事業貢献や中長期の成長につながる技術開発とコニカミノルタのDXの加速を両立させる人財の育成だ。「不確実性や複雑性が増す中、ユーザーのニーズに応えるソリューションを創出するには、自身の専門外の技術を知っているかどうか、それらをどう連携させて価値を生み出していくかが重要。」と、研修運営リーダーの西村有史は説明する。新入社員研修でこれらの知見を得る意義については「こうした経験やスキルを早期に習得していくことが、多角的に事業を展開している今のコニカミノルタなら必須。入社数か月で様々な事業の実践的な経験・知見に触れることで若手の成長スピードを加速させ、事業貢献にもつながると考えている。」と語る。
またDXはトップダウンで取り組む一方、現場主導によるボトムアップ的な展開も重要である。そこで、「研修で学んだ新入社員がIT技術の知見を持ち帰り、ベテラン社員を含む現場を刺激し、巻き込んでいくことでDXに貢献できる」(西村)。その言葉通り、昨年の新入社員であり2年目に講師を務めた野場考策は昨年のシススクで得たデジタルスキルを活用して、社内の技術特許情報を検索できるWebアプリを開発したほか、電子実験ノートを部内に導入しAIによる要約表示機能も組み込んだ。
現場ではこうした社員の活躍を見て、「シススクの経験を生かして、部内のDXは先頭に立ってやってほしい」という空気になりやすいという。「今後は部署内でシススクのような学習会を展開したい」と、野場はDX先導者としての役割を自覚する。
講師として培った力で若手のロールモデルとなる
野場は、1年前に研修を受けた時の記憶をたどりながら、新入社員を話に引き込む展開を心掛けた。「まず、新入社員の身近な話題として、自分がシススクで学んだ組込みシステムを紹介した。そして、そのシステムの機能を拡張させる方法論としてサーバー通信の話題につなげた」。研修で学んだすべての知識が実務に役立ったという経験談も交えた。上からの目線でない、講師のそうした心配りや工夫が新入社員の不安を払拭し、自信を付けさせ、学習意欲を掻き立てる。
研修の講師としては、技術習熟度がまちまちな多くの受講生を講義に引き込む力量が求められる。人に教えることで技術の理解が深まり、多様な相手にバランス良く話を伝える経験ができる。培われた指導力は、現場での後輩の育成業務にも生かされる。自分も2年目講師を経験し、その後運営チームに参加している井田匠海は、「講師経験者が現場で新入社員の指導役であるメンターになるケースが最近増えている」と分析している。
ベテラン技術者に交えて若手社員を積極的に講師に抜擢するのは、シススクの特徴的な運営方針だ。フレッシュな講師が新入社員のロールモデルになるだけでなく、講師本人の成長効果も見込んでのことである。
「たった1年でここまで成長できるなんて」
ともに博士課程を修了した新入社員の實野佳奈と柴田和樹は、内容的にも他のベテラン講師にまったく引けを取らない内容で、演台で自信満々に講義をする若手講師を前に思わず、「まだ入社2年目だと聞いた。たった1年で本当にここまで力を磨けるものなのか」と自分の目を疑った。しかし、研修の終盤を迎えるころには、逆に確信が深まった。「たしかに研修でこれだけの知識を得て、1年間の業務経験を積めば、なんとかなりそうだ。あの人のように講師になれるかもしれない」。實野と柴田の感想は共通する。
一方、講師として二人に衝撃を与えた野場は「本気で若手に刺激とチャンスを与える会社という印象を持った。自身も挑戦する気持ちを持って取り組み、多くのものを得ることができた。」と語る。
研修会場で見せる成長著しい若手講師の姿は新入社員に刺激を与えている。その先輩に「追いつき追い越せ」と自らの奮起を促し、研修効果は厚みを増していく。
AIとの“壁打ち”の特訓が職場で生きる
以前の新入社員向け技術研修は、多くの部署で扱う組込みシステムの設計・開発の基礎を学び、実務への準備段階と位置づけられていた。近年は新たな技術トレンドに対応すべくWeb構築、アプリ開発、クラウドサービス開発など、最新IT技術の学習が柱になった。「昨年はデータ分析、今年は生成AIと、最新のデジタルトレンドを常に反映させる方針だ」と、西村は話す。生成AIでは受講者に「講師に質問する前にAIに聞こう」というルールを設けることで、いやでも生成AIの利用機会が増えるようにした。
生成AIは雑な質問に対しては、大雑把な答えしか返してくれない。役に立つ回答を得るには、具体的に解決したい問題まで落とし込んで質問(プロンプト)を磨く必要がある。運営チームの若手である井田匠海は、「AIと質疑応答の“壁打ち”を訓練することにより質問力が高まる」という、副次的な効果も確認した。「最新技術でできることと、できないことの判断基準・材料を研修から持ち帰って欲しい」と新入社員にエールを送る。
こうして、生成AIに代表される最新IT技術を徹底的に学習した人材が、職場に戻ってDX推進と事業に貢献する開発を加速することが期待されている。
実践演習で磨くコミュニケーション・スキル
研修のクライマックスは後半の14日間にわたるIoT実践コースである。ここでは、技術習得にとどまらない人脈形成とコミュニケーション・スキルを磨くための工夫が組み込まれている。
4~5人のチームに分かれ、それまでの学びを生かしてデバイスとクラウドを組み合わせたIoTシステムを試作する演習課題に取り組む。それぞれのチームは私生活や業務で抱える課題を解消するシステムをテーマに掲げた。仲間とワイワイ試行錯誤しながら、目指したのは柔らかい発想に基づく、すぐにでも実生活で使えそうなシステムである。これらの開発成果をポスターにまとめて最終日に発表する。
研修室には壁いっぱいのホワイトボードがある。そこに、メンバーが設計図などを書いては消す作業を繰り返しつつ、課題解決へ向けて個々の意見をまとめ上げていく。アイデアを出し合い、「お菓子を食べながら、リラックスした雰囲気で議論する場は有意義」と、チーム開発作業における最適なコミュニケーション手段と講師の野場は評価する。
運営サイドは各社員の得意分野を事前に調べ、課題解決が円滑に進むようチーム編成を工夫する。プログラミングや回路設計など、各自の得意分野を持ち寄る形で課題に取り組み、中にはシステムの構想・企画やポスター・説明動画の制作で本領を発揮するメンバーもいた。
こうした研修を経験して柴田は、「配属された技術開発本部で担当する、全社に向けた様々な技術強化施策を検討するために、同期とより深くつながり、講師を務めた先輩社員とも面識ができたのは有意義だった」と振り返る。社員寮を利用する實野は、「一緒に過ごす仲間から仕事上の相談をよく持ちかけられるが、研修で社員の強みを知れたおかげで、その問題の解決につながる知人とのつなぎ役になれそう」と人脈面の効果を語った。
やがては開発をリードする変革者に
シススクの肝は、若手社員が教え合うサイクルを循環させ、そのスパイラルがシステム開発、DX推進、指導力、人脈に長けた人財を次々に輩出する点と言えるだろう。まず、若手講師がロールモデルを示し、新入社員の成長意欲を強烈にプッシュする。次年度の講師の機会も与える。こうした若手社員を各部署に送り込み、DXのけん引役とする。「DXは私たちが引っ張るべきだと、この1年間で実感した」と野場は強気に言い切る。
講師の経験者は、部内のメンター役になったり、研修の企画運営側に加わったりと、社員教育の中核的人財として成長する。さらには社内の事業開発や研究開発における変革者にもなり得ると期待される。「これまでは一人前の技術者になるのに十数年かかっていたが、それが数年に縮まってくるという見通しが立ちつつある」(西村)。シススクはもはや新入社員研修の枠を超え、コニカミノルタにおける変革者の育成機関と言えるかもしれない。
*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。