コニカミノルタは2020年に5つのマテリアリティ(重要課題)を特定し発表した。今後、事業を推進する際の“バイブル”とも位置づけられるマテリアリティ策定の舞台裏について、キーマンである上席執行役員経営管理部長兼BIC(ビジネスイノベーションセンター)担当の吉村裕介に話を聞いた。<後編>の今回は「Imaging Insight」編集長を務める広報部の安部寬がインタビューの聞き手となり、吉村の生の声をお届けする。

目次

SDGs達成を目指すことの事業における意味とは

――マテリアリティ策定を先導したキーマンである吉村さんに、その舞台裏をお聞きします。早速ですが、教えてください。5つのマテリアリティは普遍性が高く、どの企業にとっても重要なテーマにも見えます。コニカミノルタらしさをどこに据えて抽出したのでしょうか。

吉村確かに「健康」「資源の有効利用」といったキーワードだけを切り出すと一般的と感じるかもしれません。ただ選んだマテリアリティは「課題解決の手段や価値創出の方法にコニカミノルタのユニークネスを出せること」を前提としています。マクロトレンドからピックアップした機会と脅威をベースに、個々の事業の戦略に落とし込んだ際、コニカミノルタの技術やナレッジが活かせるものをピックアップしました。

例えばコニカミノルタのヘルスケア事業は、プライマリーケアの領域で早期発見が可能な診断装置を提供しています。患者さんの負担を軽減しつつ医療費抑制も実現できる独自の取り組みです。プロフェッショナルプリント事業で手掛ける「オンデマンド印刷サービス」は必要な時に必要な量のプリントができ、「大量印刷・大量廃棄」構造からの脱却を可能にします。顧客接点・技術・人財といった我々の無形資産を活かしながらユニークネス、強みを発揮できるマテリアリティです。

吉村裕介・上席執行役員経営管理部長兼BIC担当

「VUCA時代、経営の根っこに守るべき “芯”が必要」と語る吉村裕介・上席執行役員経営管理部長兼BIC担当

――策定の狙いや背景をお聞きします。そもそも、どのような問題意識があってマテリアリティ策定に動いたのですか。

吉村作業をスタートしたのは2018年です。当時、私は社長室長で中期経営計画の作成を担当していました。中計はそれまで、5年先を見て3年分の計画を作っていましたが、長期的視点が不足しているという問題意識がありました。今は「VUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代」と言われます。その中で経営を舵取りするには、根っこに守るべき企業の“芯”を持つことが重要です。特に当社は主力だった複写機事業が成熟期にさしかかり、次の核を作らなくてはなりません。会社は最終的にどこを目指すのか。“あるべき姿”を定め、バックキャストして計画を作ることも必要と考えました。

――課題解決の手段や価値創出の方法にコニカミノルタのユニークネスを出せるものをマテリアリティに選んだというお話でした。事業部とはどのような折衝を行いましたか。

吉村各事業が中長期的に社会課題を解決しながら価値を創出するか、徹底して議論を尽くしました。当初は事業部側と我々の間の認識のギャップが大きく、極端ですが「SDGs達成を目指すことが事業にとってどのような意味があるのか分からない」という事業部もありました(笑)。

事業部側ももちろん、社会課題解決の重要性を理解はしています。ただ、SDGsは生命、健康、安全など基本的な欲求が中心です。コニカミノルタにはより高次の便利さ、楽しさ、幸せにつながる価値を創出するサービス提供に誇りを持って取り組んできた方たちが少なくなく、事業の価値向上とサステナビリティとの関係性に戸惑った部分もあったのでしょう。

最終的には皆さんそこに事業機会があることをしっかり消化し、マテリアリティをベースとする価値創造プロセスをつくってくださいました。

吉村裕介・上席執行役員経営管理部長兼BIC担当

マテリアリティを経営の根っこに置くことができた

――吉村さんはコニカミノルタ入社前にはコンサルティングファームでコンサルタントを務め、入社後は全社の中期経営計画作成やポートフォリオ転換などを主導してこられました。こうした経験や知識はマテリアリティ策定で活きましたか。

吉村私は長年、経営戦略を構築する業務にかかわり、俯瞰的に会社を見る視点が身についています。その経験は長期ビジョンやマテリアリティをつくる際に大いに役立ちました。

また、コンサルタントだった頃から続けているやり方を踏襲し、マテリアリティ策定においてスクラップ&ビルドを重ねたことも良かったと思います。一度つくったものをスクラップするのは手間がかかりやりたくないものですが、それをためらうと、その範囲の中でしかクオリティを上げられません。かかわる方たちが納得感を持てる良いものをつくるには、策定プロセスを共有しながらスクラップ&ビルドすることが不可欠でした。

――私自身、長期ビジョンやマテリアリティによって社内はずいぶん変化したように感じますが、吉村さんはどう見ていらっしゃいますか。

吉村マテリアリティを経営の根っこに置くことができました。事業ベースでも従業員ベースでも、社会課題解決を“自分ごと化“できたと感じます。

各事業の成長戦略にはしっかりサステナビリティの要素が盛り込まれました。ある事業部の部長は「常に価値創造プロセスを意識して事業を推進しています」と話してくれます。

コニカミノルタには、個々の従業員が自主的にイノベーションテーマを提案できるプログラムがありますが、その活動の中でも社会課題解決や社会価値創出に言及するケースが増えました。

吉村裕介・上席執行役員経営管理部長兼BIC担当

議論や対話を重ねステークホルダーと協働

――課題はありますか。

吉村1つは社会課題にひも付けたポテンシャルマーケットを定量的に示すことです。現在、定量化ができている事業、十分でない事業とばらつきがあります。定量化ができないと財務的な観点に反映されづらいので、しっかり追求したいと思います。

もう1つ、無形資産とマテリアリティのセットで企業価値向上を図る構造をもう少し際立たせることも課題です。その筆頭がステークホルダーとの向き合い方ですね。お客様やパートナーと長期ビジョンやマテリアリティを共有し共感を得て同じ方向を向き歩むことが真の企業価値向上につながります。今後はマテリアリティ策定の際に社内で繰り広げたのと同レベルの議論や対話を社外でも行うことが必要でしょう。全従業員がそういうコミュニケーションができるようになることが目指すべき最終形と言えます。

――マテリアリティの策定をスタートしてから4年が経過しました。修正や変更などは考えていますか。

吉村5つのマテリアリティの本質的な重要性は何ら変わっていませんが、今の変化のうねりをサステナビリティの視点でとらえ直し、機会やリスクをアップデートすることも必要かもしれないと個人的には思います。

例えば、地政学リスクの顕在化で原材料やエネルギーの調達にネガティブな側面が出てきましたが、我々が持つ技術やブランドをプラスに生かせる面も必ずあるはずです。常に進化を続け、マテリアリティの価値を研ぎ澄ませていくことが必要だと思います。

*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。