長期的視点で社会課題を解決しながら自社の持続的成長を果たすため、コニカミノルタは2020年に5つのマテリアリティ(重要課題)を特定し発表した。今後事業を推進する際の“バイブル”とも称されるマテリアリティ。その策定の舞台裏について、キーマンである上席執行役員経営管理部長兼BIC(ビジネスイノベーションセンター)担当の吉村裕介に話を聞いた。

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VUCAの時代、長期的視点に立つ企業の“芯”が必要

少子高齢化・労働人口減少、気候変動、資源枯渇、医師・介護スタッフ不足…。世界には多くの課題が山積している。国連は2015年、グローバルな社会課題を解決し持続可能な世界を実現するための国際目標としてSDGs(持続可能な開発目標)を採択した。

言うまでもなく企業は社会の一員として営みを続ける存在である。その社会にどのような価値を創出しながら永続を目指すのか。今、企業経営においてパーパス(存在意義)の追求と、それを軸にした事業活動の推進が極めて重要になっている。

長期的視点でSDGsをはじめとする社会課題を解決し社会のサステナビリティに貢献すること、そして自社の競争優位を維持・強化し持続的な成長と企業価値向上を果たすこと――。この2つの命題を両立するため、マテリアリティ(重要課題)を特定し経営資源を重点投入する企業も多い。

コニカミノルタもその1社だ。2020年に1)働きがい向上及び企業活性化、2)健康で質の高い生活の実現、3)社会における安全・安心確保、4)気候変動への対応、5)有限な資源の有効利用という5つのマテリアリティを発表した。

2030年からバックキャストし、マテリアリティを特定

2030年に目指す姿から5つの社会・環境課題(マテリアリティ)を特定。それぞれ関連するSDGsにひも付く

2018年からスタートしたマテリアリティ策定の作業を主導した上席執行役員の吉村裕介はこう振り返る。

「『VUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代』と言われる中で経営の舵取りをするには、長期的視点に立ち、企業の“芯”を持つことが重要です。そこで2030年を見据え、“あるべき姿”として長期経営ビジョン『Imaging to the People』を作成しました。将来的な社会課題の解決に貢献しようと、2030年からバックキャストして5つのマテリアリティも特定しました」

課題解決や価値創出に求めたユニークネス

具体的に5つのマテリアリティはどのようなプロセスで導き出されたのだろうか。

吉村は、大きくは2つのステップを経たと言う。第1段階では、当時のサステナビリティ推進部(現:環境統括部)と経営企画部が中心となり、PEST分析などのフレームワークを使いながら経済・社会・環境のマクロトレンドからコニカミノルタの機会と脅威をピックアップした。

より時間をかけたのが第2段階だ。ピックアップした機会や脅威について、各事業が持つ技術やナレッジを活かした事業戦略に結びつけられるか否かを探り、行ったり来たりしながら整合させていったのである。サステナビリティ推進部や経営企画部、各事業部の企画部長らが集まり四半期ごとに開催する「サステナビリティ推進会議」や、サステナビリティ推進部と各事業部との個別会議で議論を重ねた。

その際のポイントは「課題解決の手段や価値創出の方法にコニカミノルタのユニークネスを出せるものとすること」(吉村)だった。

例えばマテリアリティの1つに「健康で質の高い生活の実現」がある。疾病を早期発見する診断装置を得意とするコニカミノルタのヘルスケア事業は、「プライマリーケア」と呼ばれる領域での診断装置の提供によって、この課題の解決が可能だ。早期発見により早期治療ができれば患者さんの負担も減る。医療費抑制にもつながり社会的な意義も大きい。まさにコニカミノルタのユニークネスを発揮できる価値創出といえる。

価値創造に向けたマテリアリティ

マテリアリティ特定プロセスの第2段階では,ピックアップした機会と脅威(リスク)について議論を重ねた

サステナビリティを“自分ごと化”できるよう議論を尽くした

もっとも、当初からすべての事業において、マテリアリティと事業戦略を結びつけて考えられたわけではなかった。吉村は事業部がサステナビリティを“自分ごと化”できるよう、積極的にコミュニケーションを取ったという。

「社会課題とは社会が根本に抱え、必ず埋めねばならないギャップです。そのギャップを定量的に把握することで、最終的にはポテンシャルマーケットとしてお金に換算することも可能です。事業部から見ると『そこに持続的な成長機会がある』わけなので、事業戦略に取り込まない手はありません」徹底して議論を尽くした結果、徐々に事業部側もSDGsやサステナビリティを取り込む重要性を理解した。時間をかけてマテリアリティを熟成させた成果は、2020年に発表した中期経営計画「DX2022」にも色濃く表れている。各事業部が描く価値創造プロセスにサステナビリティの要素が明確に盛り込まれたのだ。

例えば、センシング事業は創業以来培ってきた光学技術をベースとする色の計測機器を得意としてきたが、「DX2022」では新たに安全・安心の領域へと参入する戦略を描いてみせた。

各事業の価値創造プロセスまで深掘りしながら作り上げ、成長戦略にも組み込まれた5つのマテリアリティは、コニカミノルタが2030年に向けて事業を推進する際の“バイブル”と呼ぶべき存在になった。今では従業員一人ひとりにも、マテリアリティを起点に価値を創出しようという意識が確実に根付いている。

課題はポテンシャルマーケットの定量化

一方、マテリアリティを起点とした事業推進にはいまだ課題もある。吉村はその筆頭に「定量化」を挙げる。

「コニカミノルタの中長期的な企業価値向上の可能性をステークホルダーに一層理解していただくには、社会課題にひもづくポテンシャルマーケットを定量的に示すことが重要です 」

例えば、コニカミノルタはグループ会社を通じて、独自の画像センシング技術やIoTの力を活用したサービスを提供し、介護現場の生産性向上を目指している。介護士不足の改善や介護施設の経営改善につながる取り組みであり、人件費や介護報酬などに置き換えればそのポテンシャルマーケットを定量数字で示すことができる。コニカミノルタがいかに社会において重要で、市場としても有望な課題の解決に取り組んでいるかを投資家はじめステークホルダーに広く理解してもらうことが可能になる。

もう1つ、ステークホルダーとの協働においても、社会課題解決の視点を組み込んで進化させていくことが求められる。マテリアリティの追求には顧客接点や技術、人財といった無形資産の活用が欠かせない。中でもお客様やパートナーとは長期ビジョンを共有し、共感を得て同じ方向を向き歩むことが必要だ。

マテリアリティ策定に着手してから4年がたった。新型コロナウイルス感染症の流行、DXの進展、脱炭素化の加速など、この間にも経済・社会は大きく変化を遂げた。企業はその変化に向き合い、常に適切なサービス・ソリューションを提供することが求められる。

「5つのマテリアリティの本質的な重要性は何ら変わっていませんが、様々な変化を踏まえ、機会やリスクのアップデートも必要かもしれません」(吉村)

持続的な成長と企業価値向上を果たすため、その時々の社会の要請に応えるべく、マテリアリティの価値を研ぎ澄ませ、進化させていく考えだ。次回の<後編>では、マテリアリティ策定の舞台裏について、「Imaging Insight」編集長を務める広報部の安部寬がインタビューの聞き手となり、吉村の生の声をお届けしたい。

*Imaging Insightのこちらの記事も併せてご覧ください。